頭頸部癌による嚥下障害
頭頸部癌とは首から上にできる癌の総称である。(脳はのぞく)
解剖学的部位はそれぞれ近接しているが、多くの臓器が存在し、それぞれが重要な機能を持っている。
進行癌であっても手術が可能な場合には5年生存率が高い。
例えば舌進行癌の5年生存率はIII期、IV期の場合、50-70%である。
そのため治癒を目標に集学的治療(手術+放射線治療+化学療法を組み合わせる治療)が選択されることが多い。
治療後の障害への対応が重要で、Cancer survivorとしての生活機能、QOLを重視する必要がある。
頭頸部癌で最も頻度の高い組織型は扁平上皮癌であり、放射線治療/化学療法の感受性がよい。
そのため、臓器温存治療として化学放射線治療を選択し、手術を避ける方針が選択されることがある。
また、手術も機能を温存すべく縮小手術や再建手術が進歩してきた。
頭頸部癌による嚥下障害
癌治療あるいは癌によって嚥下障害をきたしているが、患者さんは障害と同時に、”がん”患者であることを受け入れなければならない。
リハビリテーション中であっても生命への不安、再発のおそれをいだく患者は多く、訓練中の痛みやちょっとした変化も再発ではないかと不安の原因になることもある。
嚥下障害への対応は、手術による障害、放射線治療による障害、腫瘍そのものによる障害の3つにわけて整理し、理解する必要がある。
放射線治療による嚥下障害
頭頸部領域への放射線治療は嚥下機能に大きく影響する。
放射線照射の範囲や線量によって障害の程度は変化するため、治療内容を確認することが望ましい。
たとえば唾液腺(唾液分泌低下i)、舌(味覚障害)舌・舌根・咽頭壁(筋力低下)喉頭・咽頭(感覚低下ii、知覚鈍麻)などが複合して嚥下機能を低下させる。
嚥下造影の解析から、口腔・咽頭通過時間や残留率などは有意に低下すると報告されている。
抗癌剤を併用すると治療効果に相乗効果が得られ、臓器温存率、治癒率の向上を図ることができる。
化学放射線治療は臓器温存治療として有力であるが、治療中の疼痛・粘膜炎等による嚥下障害ivが避けられない。
栄養摂取を重視して胃瘻造設を前提とすることがある。
放射線治療開始後早期から胃瘻に依存しすぎると廃用をきたし、また、照射による筋力低下が著しいと治療終了後も胃瘻に依存することになる危険を孕んでいる。
胃瘻を造設しても、できるだけ経口摂取を維持する努力と治療前からのリハビリテーションが重要である。
手術後の嚥下障害の特徴
手術による嚥下障害の特徴は
1)手術前から予測可能である。
2)切除や再建による解剖学的変化が最大の原因である。
3)手術前や手術後の放射線治療や加齢の影響を受ける。
などである。
近年は高齢者の癌治療が増えている。
高齢者でも手術前には通常通り経口摂取でき、栄養摂取・嚥下能力に問題は生じていないことが多いが、加齢による潜在的な嚥下機能低下は手術や放射線治療による負荷がかかったときに顕在化しやすい。
治療前の機能評価も重要である。
口腔癌の嚥下障害
口腔癌には原発部位によって多くの呼称に分かれるが、嚥下障害のリハビリテーションを考えるときには機能障害に関連する部位がどこかを確認することが重要である。
とくに、
舌下神経(舌の運動)や顔面神経下顎縁枝(下口唇の運動)の温存の有無、舌の切除範囲が重要である。
舌骨上筋群(顎二腹筋、オトガイ舌骨筋など)が両側障害されると舌骨・喉頭の挙上ができなくなる。
舌半切後の手術野
口腔底癌による可動部舌半切、頸部郭清術の手術所見である。
術後の機能障害は切除される部位が担当している機能が失われることによる。
したがって切除部位とその大きさ、合併切除される組織によって障害の表れ方はさまざまである。
可動部舌、舌根(中咽頭前壁)、下顎骨の切除の状況を把握することが重要である。
遊離組織移植
遊離組織移植は頭頸部癌の再建において欠かせない技術である。
遊離前外側大腿皮弁によって舌が再建されることで、常食摂取が可能となる場合もある。頸部で動脈・静脈の微小血管吻合が行われる。
術後管理においては血管吻合部の周辺を愛護的に扱う必要があるので、頸部安静や圧迫禁止部位の確認が必要になる。
進行した舌癌の切除
広範囲の舌根切除は嚥下障害のリスクファクターとしてもっとも重要である。
ある症例では遊離腹直筋皮弁によって舌が再建され、輪状咽頭筋切除術と喉頭挙上術が追加された。
全粥食が摂取でき退院し、その後、カツ丼が食べられるようになった。
咀嚼力は弱く、小さくして食べるなどの工夫は必要である。術後4年経過し再発はない。
中咽頭癌の切除
下顎骨が飜転されて舌根から中咽頭側壁の切除がされ、下顎骨は切除後にもとの位置に戻される。
腫瘍の進展によって舌下神経が切除されれば舌運動の障害が見られるし、上喉頭神経が切断されると喉頭感覚の低下をきたす。
中咽頭切除術後に問題となりやすいのは1)鼻咽腔閉鎖、2)開口障害である。
喉頭癌/下咽頭癌治療と嚥下障害
喉頭癌や下咽頭癌においては、喉頭/下咽頭病変の局在あるいは進行度により、治療方針の選択肢を決定するが、
進行癌では音声機能喪失と永久気管孔を伴う喉頭全摘をうけいれられるか否かが問題である。
喉頭を全摘すると音声を喪失し、永久気管孔ができるが、誤嚥するリスクはなくなる。
音声は訓練によって、あるいは発声補助のための手術(TEシャント)の追加などにより再獲得が可能である。
喉頭全摘後の嚥下障害がおきるとしたら、
1)咽頭縫合部の狭窄や空腸移植後の吻合部狭窄
2)喉頭全摘にくわえて広範囲中咽頭壁切除を要した場合の鼻咽腔閉鎖不全
3)舌下神経の合併切除などによる口腔からの送り込み障害
などが原因となる。
放射線治療による嚥下障害
不顕性誤嚥、喉頭挙上の遅れによる誤嚥、咽頭クリアランス低下による咽頭残留などの所見が見られることが多い。
喉頭癌/下咽頭癌治療と嚥下障害
永久気管孔がなく、音声は確実に温存できる利点があるが、嚥下障害への注意が必須である。
治療開始前から、治療後の障害について予測し、説明と同意を得る必要がある。
リハビリテーションは障害の予測に基づいて治療開始時から介入したほうがよい。
喉頭亜全摘術(SupraCricoid Partial Laryngectomy,Crico-Hyoid-Epiglot Pexy(SCPL-CHEP)の切除では、気管孔は不要で声を温存できる。
舌骨/輪状軟骨、披裂部は温存される術式である。
喉頭癌/下咽頭癌治療と嚥下障害
喉頭亜全摘以外にも喉頭半切除、亜全摘術は術式のバリエーションが多いが、共通して見られる嚥下障害の病態は
1)声門閉鎖不全
2)喉頭挙上制限
3)喉頭感覚低下
などである。
術後の訓練としてはShaker法など、喉頭挙上を強化する訓練、あるいは声門閉鎖改善のためには息こらえ嚥下法が基本となる。
声門閉鎖に加えて舌根後方運動を強調するためにアンカー強調嚥下法や前舌保持嚥下法なども有効なことが多い。
放射線治療後の再発例の手術や高齢者では特に不顕性誤嚥が問題となりやすい。
手術後嚥下障害への対応
手術前には切除範囲と、それを元に再建計画が立てられている。
その段階で或程度の機能障害が予測できるので事前に訓練法を紹介することは訓練の導入を円滑にする。
手術直後は嚥下訓練よりも誤嚥予防と安全な気道確保が重要である。
口腔ケア、咽頭衛生はこの時期も重要である。
訓練開始前には手術の内容をもとに機能評価を行い、訓練計画を立てる。
創治癒とともに訓練は開始できる。
病態と重症度に応じて、段階的に行うが、気管切開があっても積極的に訓練を行う。