認知症(MajorNeurocognitiveDisorder)とは
認知症とは,「正常に達した知的機能が後天的な器 質性障害によって持続性に低下し,
日常生活や社会生 活に支障をきたすようになった状態で,それが意識陣害のないときにみられる」
ことをいう.
日本では, 1908年頃から「痴呆」という表現が一般化していたが,
患者の尊厳が保たれないという意見により, 2005年以降「認知症」が使用されるようになっている.
認知症の定義はいくつか提唱されているが,代 表的なものとして. ICD-10,DSM-5の定義がある.
認知症診断基準
A)1つ以上の認知領域(複雑性注意,実行機能,学習および記憶,言語,知覚一運動,社会的認知)において,
以前の行為水準 から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている.
(1)本人,本人をよく知る情報提供者,
または臨床家による,有意な認知機能低下があったという懸念,
および (2)可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された,
それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証さずた認知行為の障害
B)毎日の活動において,認知欠損が自立を阻害する.
(すなわち,最低限,請求書を支払う,内服薬を管理するなどの,複雑な手段的日常生活動作に援助を必要とする)
C)その認知欠損は,せん妄の状況でのみ起こるものではない.
D)その認知欠損は.他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病,統合失調症)
認知症の原因と分類
認知症は,原因不明の脳の変性疾患による原発性認 知症と,ある疾患に付随して起きる続発性認知症に分 類される.
前者の代表的疾患が,アルツハイマー病 (Alzheimer’s disease:AD)や
レビー小体型認知症, 前頭側頭型認知症(ビック病),
後者の代表的疾患が 脳血管性認知症であり,
上記の4疾患で全体の9割 を超える.表2に4大認知症の比較を示す.
認知症の症状
認知症の中心となる症状(中核症状)は,記憶障害 をはじめとした知的機能の障害であり,
さらに失行, 失語,失認(P40参照)および実行機能障害(計画 を立てられない)などの症状がみられる.
特にADで は,初期の段階から新たに覚えることが困難となるた め,
何度も同じことを繰り返し話したり聞いたりする.
また本人がもともと持っている性格,環境,人間 関係などさまざまな要因が絡み合って,
認知症に伴い二次的に出現する精神症状や行動障害のことを
周辺症 状(BPSD : behavioral and psychological symptoms of dementia)といい,
抑うつ・幻覚・ 妄想・不安・暴言・俳個などのことをいう.
レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症(ビック病)では.記憶障害よりもBPSDが顕著に認められる .
口腔内の特徴
認知症の進行によって歯磨き行動やうがいが困難と なり,歯頚部の磨き残しや口腔前庭に食物残漬などが 多くみられるようになる.
そのため,介助者 による口腔のケアや定期的なプロフエッショナルケア が必要となってくる.
治療における注意点とその対処法
医療面接
認知症の患者本人から正確な情報を得ることは困難なため,
家族や介助者,かかりつけ医など,普段から 患者の状態を把握している人から’情報を得ることが有効である.
【主な医療面接事項】
1主訴
2認知症の程度や問題行動の有無とその対応
3既往歴
4服用薬の有無,種類
5ADLの自立度
6摂食職下障害の有無・食形態等
認知症患者の診療は,上記1~6を総合的に判断し,患者一人ひとりに合わせた治療計画を立てる必要がある:
全身状態への配慮
1基礎疾患
認知症患者は高齢者が多く,循環器系疾患などの基 礎疾患を有している場合が多い.また,数種類の薬を 服用していることもあるため,診療時には注意が必要 である.基礎疾患が重篇な場合は,高次医療機関との 連携も必要となる.
2基礎情報の記録・モニタリング
認知症患者は周囲の環境等によって体調に変化を起こしやすいしかし
,患者自身が術者に意思表示する ことは困難な場合が多い.体調等の変化に対応するた めには,
普段の診療からモニタリングを行い,患者の 症状や意識レベル,顔色,表情など
について把握しておくことが重要である.
3誤臓への配慮
脳血管性認知症の場合,障害される部位によって摂 食噸下障害が起こり,
誤嚇の危険性が高くなる.印象 採得時や注水時には細心の注意が必要である.
具体的なポイント
a.印象採得時
座位が望ましい頭部が後屈しないようバスタオル 等で調整する.印象材の調度は硬めにし,咽頭に流れ
ないよう注意する.
b.注水時
座位もしくは水平位より30・以上上半身を起こす.
クッションやバスタオル,すべり止め用のシート などを用い,
体幹を安定させる.頭部が後屈しないようバスタオル等で調整し,バキューム等で,こまめに 吸引を行う.
麻痺がある場合は,麻痔側を上にする.
精神面への配慮
患者の認知機能が低下しており言葉の意味が理解できないとしても,
理解しやすい言葉を用いて診療内容 を十分に説明する.たとえ意味不明な言葉を話したり,
その場に反した行動をしたとしても,患者の形成している世界を否定せず
共感的に話を聞き,信頼関係を築 いていくようにする.
具体的なポイント
1患者の目線に立ってやさしい口調で話し,軽く手や肩に触れるなどスキンシップをはかる.
2患者が術者の指示した行動ができないとしても,否定はしない.
否定することによって自尊心が傷つけ られ,術者との信頼関係が保てなくなる.
術者の指 示した行動ができなくても,「頑張っていますよ, もう少しです!」と,
患者を褒めながら診療をすす めるようにする.
治療の協力が得られない場合
認知症の患者は,診療に対する拒否が強くなる場合がある.
そのような場合は無理をせず,スポンジブラ シや歯ブラシによる口腔清掃など刺激の少ない処置に とどめる.
開口拒否
いきなり開口を促すのではなく,やさしく声かけを しながら開口を誘導する.普段見慣れている歯ブラシ
を見せることで開口を促せる場合もある.
開口保持困難
開口保持が困難な場合,開口器または開口保持器を
使用する. 義歯の印象の場合,開口器は使用できないので,アシスタントに開口を保持してもらうとよい.
暴言,叩く,手足を動かすなど
無理をせず刺激の少ない処置にとどめるとよいが,
毎回拒否を示す場合や緊急処置が必要な場合は,
体動のコントロールや薬物的行動調整法が 必要な場合もある.
認知症と摂食畷下障害
認知症患者は,食事をしたことを忘れて何度も食事を要求することがある.要求することはあっても,
視床下部 にある摂食中枢や欲求を制御する大脳辺縁系が機能していれば,
そうやすやすと食事を繰り返せるものではない.
しかし.大脳辺縁系や食欲の抑制に寄与していると考えられている前頭葉の機能が低下すると,
食欲の抑制が効か ず異常な食欲を示すことがある.
脳血管性認知症では ,大脳墓底核に梗塞が起こると嚥下反射が遅延し,
誤嚥による肺炎の発症率が著しく増加する.
誤瞬性肺炎の原因の多くは食事動作に起因する顕性誤畷(一目でわかる誤瞬)ではなく,
夜間就寝中に生じる不顕性誤曝(一目ではわか らない誤瞬)により生じるため,
口腔衛生状態を良好に保つことが重要となる
一方,ごく初期のア ルツハイマー病(AD)は臓下反射は保たれる.
しかし,重症になると食物を□の中に含んだ まま数十分も飲み込もうとしないような症状もみられるようになる.
そのような場合は.
1声かけをして覚醒レバ ルを保つ,
2食物の味 や香りを明確にする,
3食物の温度(冷.温)にメリハリをつける,
4流動性のよい食形態にする等,工夫するとよい.
義歯
認知症の患者は,新しい環境への受け入れに時間がかかる場合が多く,
新しい義歯の受け入れが困難な場 合がある.
できるだけ認知症が進行する前に義歯を作 製しておくことが望ましい.
また,患者が’慣れている 義歯を安易に修理することも避けたい医療者側の立 場からみると安定の悪い義歯であっても,
患者が長年 使い込んだ馴染みのある義歯は他には変え難い場合が ある.
患者をよく理解したうえで慎重に治療計画を立てる必要がある. 施設に入所されている方は,義歯の紛失や取り間違いが起きやすいので,義歯に名前を入れておくとよい.
「認知症かな?」と思ったら.
近年は一人暮らしをしている高齢者が多く,認知症の症状が出ていても周囲に気づかれずに適切な福祉・医療サー ビス(支援)を受けられていない方がいます.そんな中,我々歯科医療従事者は,口腔の健康管理を通して,患者の様々な変化に遭遇することがあります.
例えば,『今まで行えていたセルフケアが急に行えなくなったが,どうしたのだろう?』
『歯科治療に関する意思表示ができない方・コミュニケーションが上手くとれない方にはどう対応し たらいい?』
『お金の管理ができなくなってきているようだがどうしたのだろうか?』ということがあります.
その ような場合は,地域包括支援センターに相談してみましょう.
地域包括支援センターは,介護・保健・福祉の専門 職がチームとなって,
高齢者の心身の状態にあわせた支援を行う高齢者の総合的な相談・サービスの拠点です.
わが国では,全人□における65歳以上の割合が25%を超え,今後も急速に高齢化が加速していくと推計されています. 医療と福祉がつながり.高齢者のQOLを支えていきましょう.