知的障害(Intellectual Developmental Disorder)とは

投稿者: | 2017年7月10日

「精神遅滞」から「知的能力障害」へ

わが国ではかつて知的に遅れのある人に対して「精神薄弱」という用語が使われていたが,

差別的であるとして 1998年,知的障害者福祉法の改正により「知的障害」に改められた.

知的障害と同一の障害に対し医学的に広く 使用されてきた「精神遅滞」は,2013年に刊行されたDSM-5で「知的能力障害」に改称された.

 

知的能力障害の診断にあたって広く使用されている 基準に,

アメリカ精神医学会の定めている「精神障害 の診断と統計の手引き」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders :以下DSM)と

世界 保健機関WHOの国際疾病分類International Classification of Diseases (ICD)がある表: にDSM-5による知的能力障害の定義を示す.

 

知的能力障害の定義

出生前病因

1遺伝子症候群

例:1つ以上の遺伝子の配列変異またはコピー数多型,染色体疾患)

2先天性代謝異常

3脳形成異常

4母体疾患(胎盤疾患を含む)

5環境の影響(例:アルコール,他の薬物,毒物,催奇性物質)

 

 

周産期要因

新生児脳症を引き起こすような分娩や出産に関連したさまざまな出来事

 

出生後の要因

1低酸素性虚血性障害

2外傷性脳損傷

3感染

4脱髄性疾患

5けいれん性疾患

6深刻で慢性的な社会的窮乏

7中毒性代謝症候群や中毒(例:鉛,水銀)

 

知的能力障害の診断基準

知的能力障害(知的発達症)は,発達期に発症し,概念的,社会的,および実用的な領域における知的機能と適応機能両面の欠 陥を含む障害である.

 

以下の3つの基準を満たさなければならない.

A,臨床的評価および個別化,標準化された知能検査によって確かめられる,論理的思考,問題解決,計画,抽象的思考,判断 ,学校での学習,および経験からの学習など,知的機能の欠陥.

B.個人の自立や社会的責任において発達的および社会文化的な水準を満たすことができなくなるという適応機能の欠陥.

継続的 な支援がなければ,適応上の欠陥は,家庭‘学校,職場,および地域社会といった多岐にわたる環境において‘コミュニケーッション,社会参加,および自立した生活といった複数の日常生活活動における機能を限定する.

c.知的および適応の欠陥は.発達期の間に発症する.

 

 

発生頻度

全人口の約1%・重度知的能力障害の有病率は,お おむね1,000人につき6人の割合.

 

分類

知的能力障害の重症度は,臨床的評価,知的機能お よび適応機能(概念的領域・社会的領域・実用的領域) の標準化された検査に基づいて総合的に判断され,軽 度・中等度・重度・最重度の4段階に分類される(表 2).

 

軽度

幼少期には定型発達の同年代と比べて明らかな差は目立たず,学童期になるまで知的能力障害の診断がなされないこ とも少なくない成人する頃には.いくらかの支援があれば,自立的な生活を送ることができ,単純な作業であれば, 就労が可能な場合もある.

 

中等度

簡単な言葉によるコミュニケーションは可能.成人においては,通常,小学校低学年レベルまでの教育が可能.長期 的な支援により自分自身の身辺のことがある程度できるようになる.

 

重度

通常,書かれた言葉,数,時間などの概念は習得できないが,単純な会話や身振りによるコミュニケーションの理解 ができる.すべての日常生活上の行動に援助を必要とする.成人期において,娯楽や仕事への参加には,継続的な支援および手助けを必要とする.

 

最重度

会話や身振りにおけるコミュニケーションの理解は非常に限られる日常的な身体の世話すべての面において他者に 依存する.

娯楽的な活動(音楽錦賞,散歩,水遊びなど)への参加もありうるが,

すべてで他者の支援を必要とする.

 

知的検査・発達検査

的能力障害における知的機能の評価の1つに知能検査がある.

知的能力障害をもつ人は,平均値を100とした 知能検査において,

知能指数(intelligence quotient: IQ) 65~75以下とされる.

IQ検査の得点は,概念的な 機能の概算値であるが,実生活における習得度を評価するためには不十分であり.

IQ検査結果の解釈においては臨床的な判断が必要である.

 

 

知能指数(IQ) 

知能検査の結果により出された精神年齢(mental age ; MA)と

生活年齢* (chronologica age : CA)の比率

*生活年齢:暦年齢のこと

 

知能指数(IQ) = 精神年齢(ma: ×100 障室 生活年齢(CA)

一方.発達検査は,知的能力だけではなく,身体運動能力や社会性の発達なども含めて発達水準を測定する.

 

検査には.

「新版K式発達検査」

「遠城寺式乳幼児分析的発達検査」

TKIDS (キツズ)乳幼児発達スケール」

など があり,

検査結果は,

発達年齢(developmental age : DA)や

発達指数(developmental quotient : DQ)で表される.

 

発達指数(DQ) :発達検査の結果により出された発達年齢(DQ)と生活年齢(CA)の比率

 

発達指数(DQ) = 発達年齢(DQ) ×100 生活年齢(CA)

 

知的能力障害は,全般的に知的機能の遅れが見られ るだけでなく,

年齢・性別・社会文化的背景が同等の定型発達児・者と比べて,日常の生活への適応能力の障害が認められる.

 

 

概念的(学問的)領域の特徴

1.読字,書字,算数,時間または金銭などの

学習技能を身につけることが困難

2.抽象的思考,実行機能(計画,戦略,優先順位の設 定,

および認知的柔軟性),および短期記憶が障害 される.

 

 

【歯科診療場面での例】

●予約の時間を守らず,遅刻してきてしまう

●いつまで我慢すればよいのか分からず動いてしまう.

●「甘い飲み物を控えましょう」といった抽象的な表現では何を言われているのか理解できないため,

具 体的な商品名や写真などの指示が必要.

●歯科診療への適応行動(例:ミラーでの診査時,ユ ニットで横になり,静止して開口を維持する)の習 得が困難で,再度表現する力が少ない.

 

 

社会的領域の特徴 

1.コミュニケーション,会話および言語は習得が困 難で,年齢相応に期待されるよりも未熟である.

2. 社会的判断能力および意思決定能力は未熟で,他人 に操作される危険性(だまされやすさ)がある.

 

【歯科診療場面での例】

会話によるコミュニケーションは困難で,言葉によ る指示理解を得ることが難しい.

 

 

実用的領域の特徴

食料品の買い物,輸送手段,家事および子育ての調 整‘栄養管理,および銀行取引や金銭管理において 困難で,支援を要する.

 

【歯科診療場面での例】

●歯磨きの自立が困難なため,長期的な支援が必要.

知的能力障害としての疾患特有の口腔内の特徴はないが,口腔の維持管理が困難なことから,

う蝕多発傾 向や歯周病を認める場合がある.

また,知的能力障害 の原因疾患(遺伝子異常や染色体異常など)に口腔内 の特徴がある場合は,

 

 

コミュニケーション能力の把握

言葉の理解

日常生活上の簡単な指示が通るかどうか,どんな言 葉なら理解できそうかを把握し患者の発達段階に合わせた指示を出す.

(例)文章による言語理解が困難な発達段階にある 患者への指示例

水平位にするとき:「ごろんして」 口を開けるとき:「アーンして」

姿勢の維持を促したいとき:「気をつけ」

再度,何かを行いたいとき:「もう一回」

診療が終わったとき:「おしまい」など

また,話し言葉だけでは指示理解ができなくても: 「お口を開けて」という口頭指示に加え「アーン」と 開口して見せながら模倣を促すことで指示に応じた行動が可能な場合がある.

また,身ぶりや指差し,絵カードなどで指示理解が可能なこともある.

 

表出,表現

相手の話している言葉の意味は理解できているのに,話すこと(表出。表現)ができない場合がある患者が,

普段どのような手段で意思を伝えているのか を知り,コミュニケーションをとっていくとよい .

 

日常生活動作(ADL = Activities of Daily Living)の自立度の把握

 

日常生活動作(以下ADL)とは,一人の人間が独立して生活するために行う基本的な毎日繰り返される 一連の身体動作のことで,食事や排池,入浴などのことをいう.

これらの動作の過程で,どの部分をどの程度介助が必要かによって,

患者のADLの自立度を図ることが できるADLの自立度は,自立・一部(部分)介助. 全介助等に分けられ,生活機能や障害の程度を評価できる指標として用いられる.

 

【歯科診療場面でみられる(ADL)】

入室,挨拶,靴の着脱や整頓,ユニット移乗,エプロンの着脱タオルで口を拭くなど

注)障害があるからといって,本人ができることまで 介助をすることは患者にとってよいことではない.

歯科診療場面では,患者の持ち合わせた能力 を十分に認め把握し,能力を発揮させるための援 助を行わなくてはならない.

(3)合併症の確認 知的能力障害の他に,てんかんや精神疾患,全身疾患などを合併している場合もあるため,医療面接時に 注意が必要である.

 

 

診療時の注意点とその対処法

 

1.周囲の環境変化に影響を受けやすい .

季節・生活環境・転居・周囲の人間関係による変化 などにより‘情緒が不安定になることがあるので,診 療前には最近の生活状況などを把握しておく.

 

2.表現が苦手

言葉によるコミュニケーションが困難なため‘体調 不良を訴えにくい.診療前,保護者や介助者に患者の 体調を確認する.また,診療中は,顔色や動作などに 注意を払い,体調の変化を見逃さないようにする.

 

3.理解が困難で不安になる

診療内容を説明しても理解が困難で不安になること がある.言葉が分からなくても,視覚支援媒体(絵カー

ド・写真・ピクトグラムなど)や実際の道具,身ぶり など使って,何をするのか具体的に説明するとイメー ジしやすい.

 

4.初めてのことや変化が苦手

診療経験が少ない場合,「次に何をされるのか」,「ど んな器具が出てくるのか」先の見通しが立たないもの に対して不安が強い.

繰り返し同じパターンで診療を 行っていくと,次に行われることが分かるようになり不安が減って落ち着いて診療を受けられるようにな る.

また,診療内容の変更や診療の流れが普段と異な る場合も不安になりやすいので,患者の分かりやすし、

コミュニケーション手段で丁寧に説明する.

 

5.相手に合わせるという概念を持ちにくい

相手に合わせるという概念を持ちにくいため‘診療 の流れは術者が作っていくことが大切である.「~してもいい?」「だめ?」など,

患者に許可を求めるような言い方をせず,「~やるよ」「~しようね」のよう に術者が主導権をもって診療を進める.

 

6.忍耐力が低い.集中していられる時間が短い

診療中に待つ

(例えば,印象材が硬化するまでの時 間を待つ)という状態が理解できず,その状態がどの くらい続くのか分からないため,静止維持ができなく なる.忍耐力や持続力を継続させるためには,

聴覚 視覚・触覚に働きかけることが有効である.

a . 聴覚刺激の事前の説明,カウント法などを応用し,先の見通し を立たせる.

b・視覚刺激 タイマーや砂時計を使い,数字や砂の動きに注意 を向けさせ,待つことを覚えさせる.

c . 触 覚 的 刺 激

カウントしながら軽く肩をたたくことで. (Body touch)数と触覚的刺激とを同調させ(同調効果), 待つという行為に引き込ませていく.

 

7.患者は診療を通じて学習している

最初は診療の協力が得られなくても,繰り返し説明 しながら診療を行うことで,患者は診療への適応行動 をゆっくりと学習していく.術者はそのことを念頭に 持ち,以下のことに注意したい.

a.一度にたくさんの指示を出してしまうと理解で きない.指示は一度にひとつ.短い言葉で具体 的に伝える.

(悪い例)

「口をあけて!手をまっすぐ1頭も顔も動か

さない!」 b.禁止,注意,賞賛は時間を空けずにすぐにその

場で行う c.怒ることと叱ることの区別をしておく.感情的

に怒るのではなく,冷静な態度で叱る方が効果 的である.

d一度に複数の人間が指示を出すと患者は混乱す るので,指示を出すのは術者一人とし,術者と アシスタントの役割分担を行う.

 

ピクトグラム

街を歩くと,「エスカレーター」,「改札」,「トイレj など,文字の代わりにピクトグラムが使われているのを 目にする.

ピクトグラムとは「視覚言語」の1つで,「絵文字」,「絵で表す言葉」,「図記号」とも呼ばれている.

ピクトグラムは,絵カードや写真と比べると,シンプ ルなモノトーンで書かれており,余計な情報が省かれているため,

理解しやすいと感じる患者もいる.

それぞれ の患者の特性に合った視覚支援を選択するとよい.

 

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