高血圧症とは
高血圧症は,臨床で遭遇する最も頻度の高い循環器疾患である.日本人のおよそ3人に1人が高血圧症に罹患していると言われている.
高血圧症には原因が明らかでない本態性高血圧症と,原因が明らかな二次性高血圧症に分類される90%以上で本態性高血圧症の患者が多く,年齢,遺伝因子,肥満,ストレス, 塩分過多,アルコール過剰摂取,喫煙などの環境因子 が関与し,生活習慣病の1つと考えられている.
二次性高血圧症は原疾患により,腎性高血圧,内分泌性 高血圧,妊娠誘発性高血圧,心血管性高血圧,神経性 高血圧,薬剤性高血圧などに分類される.
高血圧症の診断基準は世界保健機構(WHO)など の分類が用いられるが,日本高血圧学会の作成した基 準値では,正常な血圧は収縮期血圧MOmmHg未 満かつ拡張期血圧90mmHg未満であり,異なった 測定法による診断基準もある.
歯科治療における注意点とその対処法
(1)初診時,診療開始前に血圧を測定する 障害のある人で日常の血圧測定を励行している人は 少ない.
歯科の主訴で来院した際の血圧測定から,高血圧症が見つけられることもある.
(2)十分な医療面接を行う 高血圧症の既往歴があれば,内服薬の確認や状況によっては主治医に診療情報の提供を依頼する.
(3)血圧上昇の原因となる診療中のストレスを軽減する
歯科診療は健常者にとっても大きなストレスであ る.障害のある人たちにとっては,歯科診療自体のス トレスだけでなく,先の予見できないことへの不安や 恐怖心も大きいため,必要に応じて視覚支援媒体などを使用し,診療の流れを説明する.
(4)治療中の血圧が160/100mmHg未満であ ることを確認する
歯科診療中,患者の血圧をどれくらいに維持すれば 安全かについて一定の見解は示されていない.血圧に 基づいた脳血管リスクでは160/100mmHgまでを 低リスク高血圧とされ,緊急の降圧を必要としない.
(5)局所麻酔は,血管収縮薬の使用限界で行う.
現在,日本で市販されている歯科用局所麻酔には, 血管収縮薬としてアドレナリン,またはフェリプレシンが添加されている2種類がある.アドレナリンの 使用限界は,正常血圧者では200 A/g.本態性高血圧 患者では40A/gとされている. 40/jgは, 1/80.000 アドレナリン含有リドカインの場合3.2mlで,約1.8カートリッジに相当する. 同様にフェリプレシンは,1カートリッジあたり0.054単位含有されており,本態性高血圧患者では 0.18単位が使用限界とされている.0.18単位は約 3.3カートリッジに相当する.
フェリプレシンには,冠動脈収縮作用があることか ら,虚血性心疾患を合併している患者への使用は十分注意が必要である. また,亜酸化窒素(笑気)吸入鎮静法下では,亜酸化窒素の鎮静作用により内因性カテコラミンの分泌が 抑制されるため,本態性高血圧患者では使用限界がア ドレナリン80/igとされており,約3.5カートリッジに相当する.
(6)歯科治療中に血圧が異常上昇(180mmHg/ 120mmHg以上)した場合
1.歯科治療を中断する まずは歯科治療を中断し,バイタルサインの確認行う.
頭痛,嘔吐,吐き気,めまいなどの自覚症状の ない場合には、経過観察を行い,血圧が安定した場合には,治療を再開する場合もある.
その際,亜酸化窒 素(笑気)吸入鎮静法などを併用し,再度血圧の異常上昇をきたさないよう配慮しながら再開するのが望ましい.
2.持続した高血圧状態に対する薬物の投与 降圧のためアダラートカプセル感(ニフェジピン) 10mgをカプセルのまま経口投与する.
経 口投与されたニフェジピンは30分~1時間で効果が得られる.
白衣性高血圧と仮面高血圧
普段は正常な血圧でも緊張のため病院や診療室での血圧測定値が,家庭での血圧測定値よりも高くなることが多い.診察室血圧が収縮期血圧140mmHgかつ/または拡張期血圧90mmHg以上で,
家庭血圧が収縮期血圧135mmHg未満かつ拡張期血圧85mmHg未満,
あるいは24時間携帯型血圧計(ABPM)での24時間平均血圧が収縮期血圧130mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満である場合白衣高血圧と定義される.
白衣高血圧は, 高血圧患者の15~30%にみられ,高齢者で頻度が高くなる.
反対に、家庭血圧が高血圧で診療室血圧が高血圧でないとき仮面高血圧と呼ぶ.
仮面高血圧は精神的ストレスを抱えた人やヘビースモーカーに見られることが多く,心血管疾患になるリスクが高 い.仮面高血圧は,正常域血圧で ある一般住民の10~15%, 140/90mmHg未満にコントロー ルされている降圧治療中である高血圧患者の約30%にみられる.
相互作用
非選択的β遮断薬のインデラル8(プロプラノロール)などを服用している患者にアドレナリンを投与すると.
これらの薬剤のβ受容体遮断作用によりアドレナリンのα受容体刺激作用が優位になり血管抵抗性を上昇させ急激な血圧上昇を認めることがある.