ダウン症候群(DownSyndrome)とは
Down症候群は. 1866年に英国の医師である John Langdon H.Downがよく似た顔貌で知的に遅れのある人たちをMongolian Type of idiocyとして提唱した.
その後,1959年にフランスのJ Lejeune らによって, Down症候群が染色体の異常であることが明らかにされた.
人の染色体は46本あり,1番目から22番目まで の22対(2本で1対)の常染色体と,1対の性染 色体で成り立っている.
Down症候群は. 21番目の 常染色体が3本あることに由来して発症する.
分類
Down症候群は染色体型により,以下の3つの型に分類される.
(1)トリソミー21型(標準型)
21番目の染色体が3本になっている. Down症候群の95%がこのタイプである.
(2)転座型
過剰な21番目の染色体が移動し,他の染色体(主に21と15)に融合したもの.
Down症候群の4% がこのタイプである.
(3)モザイク型
正常細胞(染色体数46)と転座型あるいはトリソミー型細胞(染色体数47)が混合している状態.
染色体変異細胞の発生する時期により,体細胞における割合が異なる.
正常細胞の割合が多い場合, Down症候群特有の症状が少なくなる.
Down症候群の1 ~2%がこのタイプである.
原因・発生頻度
700~1,000人に1人の割合で出生する.性差
人種差はない. 母親の年齢が高齢になると発生頻度が上昇する.
特徴
(1)顔貌の特徴
短頭で,後頭部は屍平を呈している.
中顔面の劣成長がみられるため,相対的に下顎が前方に突出しているようにみえる.
両眼が離開しており,眼陳がつりあ がっている.耳介は小さく変形している.
(2)全身的特徴
筋緊張の低下を認める.
低身長で,学童期以降肥満を示すことがある.
手足の指は短く,指の位置異常がみられる場合がある.
短頚で頚椎の形成不全を伴うことがある.
(3)その他の特徴 知的機能の遅れを伴うが,
個人差が大きい運動発 達においては,粗大運動系発達,微細運動系発達の遅れが認められる.
性格は陽気で人懐こいが.
頑固で融通が効かない面もある.
加齢による退行現象 やうつ症状を認める場合がある.
合併症
Down症候群は合併症が多く,約半数に先天性心 疾患を認める.
また,報告者により様々 だが, 30~75%に難聴を認め,
その原因として,重要な疾患が彦出性中耳炎といわれている.
その他には,
消化管奇形(20%)や甲状腺機能低下(20- 40%)
環軸椎不安定症(10~20%),白血病(新 生児期のおよそ10%に一過性骨髄異常増殖症)
眼 の異常(先天性白内障,乱視,遠視,近視,斜視,円錐角膜など)
肩桃肥大やアデノイド増殖症
糖尿病,端息などを伴う場合もある.
椎不安定症・環軸椎亜脱臼
Down症候群は頚椎の形成不全により,
第1頚 椎(環椎)と第2頚椎(軸椎)の間が緩みやすくなっ ていることがある.
さらに,筋緊張低下の影響で 靭帯が弛緩しているため,脱臼を起こしやすい.
頚椎の不安定性がある患者は,でんぐり返しや プールの飛び込みなど首に負担がかかる運動は避けるよう医師から運動制限されている場合が多い.
Down症候群の退行現象
思春期以降のDown症候群患者の場合,社会的 能力,適応能力が急激に落ちる退行現象が見ら左 る場合がある.原因として,21番染色体とアル己 ハイマー型認知症の遺伝子との関連が報告されて いる.誘因としては, Down症候群特有の融通の 利かなさや頑張り過ぎ,対人的過敏さなどを背景 としたストレスが考えられている.
【症状】
固執,こだわり,動作緩慢,情緒不安定,乏しい表情
食欲不振,体重減少
不眠,尿失禁
会話の減少,独語,白昼夢
小刻み歩行など
口腔内の特徴
(1)歯の先天性欠如
Down症候群の23~47%に認める.
永久歯では,側切歯・第二小臼歯・第二大臼歯・第三大臼歯に多く,
乳歯では,乳側切歯に多い.
(2)乳歯・永久歯の萌出遅延 萌出順序・時期が不規則となることが多い.
(3)乳歯の晩期残存 後継永久歯が異所萌出して,乳歯が抜けない場合が 多い.
(4)歯冠は小さく,歯根は短い.乳側切歯と乳 犬歯の癒合歯が多い.
潅小歯,円錐歯,栓状歯などを 認めることもある.
(5)歯列不正
アングルIII級,交叉岐合,叢生,前歯部開岐,空隙歯列などが多い.
(6)狭口蓋
中顔面劣成長により口蓋が小さく狭いため相対的に口蓋が高くみえる.
(7)口唇乾燥
口唇は厚みがあり,乾燥している場合が多い
(8)舌の異常
溝状舌‘地図状舌を認めることがある.筋緊張の低
下や,上顎の歯列弓が小さいことで相対的に舌が大き くみえる(
診療における注意点と対処法
(1)医療面接 Down症候群は合併症を有することが多いので,
全身の合併症(特に,先天性心疾患)や既往歴につい て保護者や介助者に確認する.
(2)チアノーゼ 心疾患を有する場合,診療中にチアノーゼを起こす
ことがある.特に低年齢の場合は,号泣することがあるためチアノーゼを起こしやすい.
経皮的酸素飽和度
(SpQ,)を測定し,口唇や舌,爪の色の変化に注意 しながら診療を行うとよい.
一過性でない重度の酸素 飽和度低下を認める場合は,酸素投与をしながら診療を行う.
(3)感染性心内膜炎 心疾患を有する場合,観血的処置を伴う歯科治療(抜
歯や歯周治療など)で感染性心内膜炎を継発しやすい 感染性心内膜炎の予防には,術前の抗生剤の投与が必要である.
(4)歯周疾患 Down症候群は,歯周疾患の曜患率が高い.
その 理由に,不正岐合や手先の不器用さなどからセルフケ アが困難であること,
歯周病原細菌の歯周組織やその構成細胞への早期侵入・定着・増殖,歯周組織の破壊 の冗進と修復力の低下,
悪習癖などがあるさらに 短根歯など歯の形態異常を伴っていることも多いため,
歯槽骨の吸収により歯の動揺が現れやすい.
そのため,低年齢から定期的な口腔健康管理を行い,歯周疾患に曜患しないよう予防していくことが重要である.
(5)補綴治療
1不正岐合や歯の形態異常などにより,
ブリッジや義歯の設計が困難となる場合や‘義歯を作製しても受け入れが困難な場合
(嘔吐反射,義歯を入れる方向 が分からないなど)があるため,
低年齢から定期的 な口腔健康管理を行い,歯の喪失を防ぐことが重要である.
2義歯を作製した際に受け入れが困難な場合でも,
義歯を装着する練習や義歯を使用して咀嚼や嚥下の練習を繰り返すことで,義歯を使用できるようになる
こともある.
(6)矯正治療 Down症候群は,高頻度で不正肢合が認められるため,
矯正治療に保険診療が適応とされる特定疾患に指定されている.
しかし,矯正治療の予後には歯の形 態や舌癖,患者の協力度などが影響するため,
患者の精神的負担も考慮し,矯正治療の目的を明確に設定し 治療を進めていくとよい.
(7)口呼吸 皇閉やアデノイド増殖症などを合併していることもあるため,
口呼吸の患者が多いラバーダム防湿の際 は,エアーウェイ(ラバーダムシートに穴をあける) を設けるとよい.
(8)頚椎亜脱臼 頚椎の形成不全により頚椎亜脱臼のおそれがある場合は,
体動のコントロールをおこなう際に十分な注意 が必要である.
特に,首を前に曲げるような動き(う なずくような動き)で,第一頚椎(環椎)が前方に偏 り脱臼しやすいため,
頭部のコントロールには気をつける必要がある.
(9)皮層乾燥症 全身的に皮虐の角化冗進がみられることが多い.
口唇が乾燥している場合は,診療前にワセリンの塗布を 行い口唇の亀裂等を予防する.
(10)弱視 眼科疾患を合併している場合,治療中に周囲がぼやけて見え不安になることもある.
TSD法のほか,実際に器具を触らせてあげたりすることで不 安が和らぐこともある.
(11)摂食陳下機能 発達の遅れや筋緊張の低下のため,口腔機能の発達にも遅れがみられる.
摂食・嚥下機能の誤学習を防止し,適切な摂食・嚥下機能を獲得していくために,
低年齢(離乳食の開始時期)から専門機関で摂食・嚥下指導を受けるのが望ましい.