脳性麻痺の定義
受胎から新生児(生後4週間以内)までの間に生じた、脳の非進行性病変に基づく、永続的な、しかし、変化しうる運動及び姿勢の異常である。
症状は満2歳までに発現する.
進行性疾患や一過性運動障害,または将来正常化するであろうと思われる運動発達遅延は除外する. (厚生省脳性麻痘研究班. 1968 )
発生頻度
日本の1960年代における発生頻度は1.000出生に対して2~3であったが.
1970年代には1.2 ̅ 1.8程度にまで減少している.
しかし,その後の 1980年代以降から発生頻度は上昇し,最近ではおよそ2.0程度である.
これは,低出生体重児・早産 児における脳性麻痘の増加が発生頻度を押し上げてい
るという見解がある.
原因
脳性麻痺の原因として,周産期仮死,低体重出生。 核黄痘が挙げられる.
また,近年の周産期医療の発展により,その病態,原因や発生率は変化してきている.
脳性麻痘の原因は,脳障害の病因発生の時期に応じて:
出生前・周産期・出生後に分けられ,周産期の原因が 最も多い.
(1)出生前の原因(20~30%)
遺伝子や染色体の異常,胎生期の感染症(風疹,サイトメガロウイルス,トキソプラズマ,梅毒,その他), 放射線,有機水銀,一酸化炭素,その他の化学因子,
また母体の重症貧血,妊娠中毒症,胎盤異常,その他による胎生期の低酸素症がある.
(2)周産期の原因(70~80%)
早産時の脳障害,周産期仮死(胎児仮死,新生児仮死),
核黄恒(ビリルビン脳症),脳室周囲白質軟化症 (PVL),
新生児の呼吸循環障害(低酸素性虚血性脳症)や症蕊などがある.
(3)出生後の原因(15~20%)
中枢神経系感染症,急性脳症,事故などによる頭部 外傷,
呼吸障害,心停止,症寧重積などがある.
姿勢筋緊張の症状による病型別分類
垂直型
四肢の緊張が強くなり,膳反射が冗進し,伸張反射が陽性に出る特徴がある.
機敏性の低下,筋力損失, 脊髄反射の冗進などがみられ,
症縮に多少の固縮が伴 う四肢の関節を他動的に動かそうとすると強い抵抗 がみられ,
その後抵抗が急激に弱くなる現象(ジャッ クナイフ様現象)がみられる.
四肢を屈曲・伸展する場合は、ジャックナイフあるいは鉛管を屈伸するような抵抗感のあるタイプ。
上位運動ニューロンが損傷.
いわゆる伸張反射が亢進した状態にある。
脳性麻痺の70〜80%を占める。
各関節の変形拘縮、股関節脱臼を併発しやすい。
知的障がいを伴うことが多い。
アテトーゼ型(不随意型)
動揺性の筋緊張がみられ,緊張は低緊張から過緊張 へ,過緊張から低緊張へ変化する.
この筋緊張の変動が不随意運動として現れ,顔面,頚部,上肢で他の部 位より強くみられる.
自ら行動しようとする場合や精 神的な緊張から不随意運動が強く出るため選択的な行動が困難となる.
四肢が揺れ動き,なかなか目標達成のための動きができない状態を不随意型という.
腱反射の亢進はない.
原始反射・病的反射の消失異常あり.
言語障害、発語、発音の運動障害は、筋緊張の過度の同様による.
運動の不安定・協調性の困難さあり.
知的障害は正常を保たれることが多い.
感音性難聴を合併することが多い.
大脳基底核が損傷.
固縮型
錐体外路の障害があり,四肢麻痺が出現する.
四肢が鉛管を曲げるときのように硬くなる状態で,
痩直型に比べ硬さの程度が強い場合が多く,
強固かつ持続的な筋緊張のため、関節の動きは歯車様となる.
失調型
小脳もしくは、その伝導路が損傷されたケース.
四肢麻痺・運動不安定性などを特徴とする.
運動時の平衡維持が障害され,ふらふらする状態.
持続的な姿勢コントロールの不全,協調運動障 害の原因となっている.
弛緩型
著しい筋緊張の低下がみられるのが特徴であり,
上下肢が弛緩し,胸郭は扇平であり,臥位で頭を持ちあ げることができない.
神経系の成長とともに癌直,不 随意運動,運動失調などがみられるようになり,
2~ 3歳頃には多くが,症直型,アテトーゼ型,失調型‘ 混合型へと移行する.
そのため独立した1つの型とは 考えにくい.
混合型
上記の障害が重複してみられるものであり
痙直型とアテトーゼ型を併せ持つことが多い.
昔は,「アテトーゼ型」も多かったが,医療技術の 進歩により,
低出生体重児の生存が可能になったため, 「痙直型」が主体である(約70~80%).
運動障害部位による分類
1片麻痺
体の片側が権患する場合で,上肢の障害が下肢より も重く,また症直型麻痺が多くなる.
2四肢麻痺
四肢が同程度に障害される場合であり,癖直型またはアテトーゼ型の麻痺
3両麻痺
上肢および下肢が対称性に障害されるが,下肢の方 が麻痘の程度が強い場合.痘直型麻痺が多くなる
4対麻痺
四肢麻痘と異なり,両下肢のみの運動麻痺がある状態.
両下肢が対称性に障害され,上肢には障害がない 場合で,頻度は多くない
5単麻痺
四肢のうち一肢が羅患する場合で,頻度は多くない.
6三肢麻痘
四肢のうち三肢が羅患する場合で,頻度は多くない.
合併症
原始反射が持続すると四肢体幹の変形,拘縮が進行し,脊柱側響,股関節脱臼が引き起こされる.
脊柱側 響や胸郭変形が強いと呼吸器,消化器,循環器等に合併症を併発する.
運動姿勢の異常以外に,さらに以下のような症状 が随伴することもある.
知的能力障害(約50%)
てんかん(約50%)
視覚障害(約50%)
聴覚障害(約30~40%)
視覚や聴覚などの認知発達の障害
情緒、行動障害
原始反射について
驚悟反射
本人が予期しない音,光,癌癌痛痛,,接触などの刺激で緊張による体動や反り返りが生じる.
鮫反射
口腔内に物が入った時に瞬間的に□を閉じて鮫みしめる.
緊張性迷路反射(Tonic Labyrinthine Reflex : TLR)
空間における頭の位置変化によって身体の伸展緊張が変化する反射背臥位(あおむけ)では伸展優位となり腹臥位(うつぶせ)では屈曲優位になる.
非対称性緊張性頚反射(Asymmetric Tonic Neck Reflex : ATNR)
顔面を側方に向けたときの上肢が伸展し反対側の上肢が屈曲する反射
対称性緊張性頚反射(Symmetrical Tonic Neck Reflex : STNR)
腹臥位水平抱きにした際の頭を受動的に前屈すると上肢が屈曲し,背屈すると上肢が伸展する.
口腔内の特徴
(1)歯
筋緊張の冗進,不随意運動,原始反射の残存などにより,
口腔内の衛生管理は困難なことが多く,う蝕羅 患率も高くなる.
筋緊張から引き起こされる特有の顎 運動,ブラキシズムなどによる著しい岐耗がみられることがある.
胃食道逆流など摂食臓下機能に 障害がある場合には歯の脱灰がみられることがある。
歯の形成期への影響でエナメル質形成不全などもみられる.
萌出遅延や埋伏歯,転位といった位置異常も多くみられる.
また,経管栄養であってもカリエスリスクは高く口 腔衛生管理が重要であり,
誤噸性肺炎などの疾患予防 のためにも定期的な歯科受診を勧めるべきである.
(2)顎顔面部や歯の外傷
姿勢の保持や歩行困難などにより転倒し創傷や歯の破折,打撲を生じる.
また,上肢の機能障害がある 場合には,歯で操作棒(スタイラスペン)など固いものをくわえて器機類の操作をすることがあり,歯の動 揺や破折をおこす要因となる.
(3)歯周疾患
口腔衛生管理が困難なことにより歯周疾患の確患率も高い.歯列不正,開岐や上顎前突に伴う口呼吸による口腔内乾燥,
抗てんかん薬や降圧剤など合併症に対 する服用薬の副作用により症状が重くなる.
また,過度の食いしばりやブラキシズムなど が起因する岐合’性外傷も多くみられ,
歯周組織への影響が認められる.
(4)軟組織の損傷
筋の緊張や不随意運動などで口唇や頬粘膜などを損傷することがあり,それが繰り返された場合には,創 面が潰傷化することもある.
(5)歯列狭窄・歯の傾斜
筋の緊張や舌突出などが持続的に繰り返された場合に,
歯列狭窄(V字型歯列).開岐(オープンバイト) や歯軸の傾斜(特に舌側への傾斜)がみられる.
相対 的に口蓋の形態の変化(高口蓋)もみられる.
(6)知覚異常
新生児期に指しやぶりができず脱感作が行われない場合,
口腔内に過敏を生じることがある.
また,口腔 周囲の過敏も残ることがあり,不随意運動の誘発にもなる.
治療における注意点
診療に際して運動障害部位,病型や知的能力障害,てんかん,呼吸障害,全身疾患
などの合併症の状態を十分把握することが必要である.
また,患者とのコミュニケーション方法の確認も行う.
異常反射や不随意運動が誘発しないような行動調整 を行う.
(1)姿勢による緊張や不随意運動の出現
一般的な歯科診療時の水平位では,上下肢の伸展緊張や不随意運動が出現する.
姿勢のコントロールを行うために,関節を屈曲させた姿勢(姿勢緊張調整パターン)で
緊張や不随意運動 を軽減させるとよい.
(2)不安定な姿勢
身体の変形や拘縮により安定した体位がとりにくしため,
身体とユニットの間にタオルやクッションを入 れて,隙間を埋め接触面積を多くする.
(3)開口の調整と保持
緊張による開口困難や,開口量の調節ができず過開口になる.
開口器の使用時には,強い食いしばりや側方運動のために開口器が外れ頬粘膜の損傷や歯の脱臼をきたすこともあるため保持する必要がある.
また,誤飲・誤嚥に対しても注意を払いその対応が重要である.
(4)異常反射の出現
肢反射によるミラーなどの器具の破損や,驚愕反射により四肢の突発的な動きがでる.
驚愕反射の防止,緊張緩和として事前に説明し,
タービンやエンジンを口腔外で作動させてから使用する.
なるべく静かで快適な環境での診療が望ましい .
(5)唾液や分泌物への対応
唾液の分泌や気道分泌が多く‘唾液や渓の貯留が見られるため,
頻回に吸引を行う 口腔内への刺激の軽減,誤飲や誤臓防止,舌や頬粘膜の圧排,
損傷予防のため,可能であればラバーダム 防湿法の選択を考慮する.
(6)薬物的行動調整
不安,緊張の軽減,不随意運動のコントロールのため前投薬,
亜酸化窒素吸入鎮静法や静脈内鎮静法が用 いられる.
有意識下での治療が困難な場合には,全身麻酔法を 検討する.
歯科治療の基本方針
障害のある人の歯科診療では治療以上に予防処置が 重要である.
特に脳性麻痘患者では日常の健康維持が 大切であり医科,歯科での定期的な医学的管理が必要 である.
また,現疾患の原因と将来を予測した対応も必要で不十分な処置を避けた良質な医療の提供を行い,
機能回復および機能維持のためのリハビリテー ションが最重要となる.