摂食嚥下各期の障害

投稿者: | 2022年7月26日

摂食嚥下各期の障害

食塊のある位置や移動の状態を“相(phase)”といい、
脳幹からの指令による一連の嚥下運動パターン出力の時間的推移を “期(stage)”という。

このような観点からみれば嚥下障害とは末梢あるいは中枢神経系の異常により嚥下の相(phase)と期(stage)に一定の許容範囲を超えた“ずれ”が生じたことによるものと考えられる。

健常者が水分を指示に従って嚥下(命令嚥下)したときには相と期が一致するが、固形物を自由に食べる(自由嚥下)時などは食塊が咽頭相にあっても嚥下反射が起こらない(咽頭期)ということがある。
固形物の食塊形成は喉頭蓋谷で起こると報告され、こういった古典的なモデルは再評価されつつある。

また相の分類については“準備相”を入れずに3相として考える場合もある。

 

先行期

先行期は食物を認知し、何をどのくらいどのように食べるかを決定する時期である。
目で見ることだけでなくにおいを嗅ぐ、食器などの音を聞く、手で食物の触覚を感じるなども食物の認知に関係する。
ここで重要なのは覚醒していることである。
一般に意識が良いとは「目を開いて、周囲に対して気配りができる状態」をさし、Japan Coma Scaleで I桁の状態である。
また食物を認知したことで空腹感を感じ、食欲がわき、どういう順番で何をどのくらい食べようというプログラミングが行われる。
またこの段階で唾液や胃液の分泌が盛んになり、摂食行動が実行に移されていく。
意識障害、認知症、情動障害、知的障害、高次脳機能障害などが存在すると先行期の障害として現れる。

また、不随意運動や姿勢障害などによる食事動作の問題も含まれる。
大脳劣位半球障害の半側空間失認は左側の見落としによる食事の食べ残しや、常に頸部が右を向き姿勢が崩れやすいことによる(右回旋で左側傾になりやすい)嚥下運動への悪影響がある。

大脳優位半球障害で現れやすい観念失行は道具の使用手順がわからなくなり、食具の使用が困難になることがある。
摂食障害の拒食症は意識障害がないにもかかわらず食べ物を見ても全く反応しない、スプーンなどで食べ物を口に近付けても開口しないことがある。

 

準備期

準備期は食物を嚥下するための準備の時期である。
すなわち食物を口に取り込み、咀嚼をして食塊を形成するまでの時期をいう。
準備期ではまず食物が通過できるだけの開口が要求され、スムーズに口腔内に食物を取り込めることが求められる。
次に取り込んだ食物が口腔外に流れ出ないように口唇を閉じてこれを口腔内に保持する。
この時食物の物性などの情報が感覚入力を介して脳に送られる。
これらの情報も踏まえて咀嚼運動が開始され食物は唾液と混ぜ合わされる。この時点で味覚を感じる。咀嚼動作は繰り返されるうちに「飲み込みやすい形=食塊」に整えられていく(食塊形成)。
また固形物においては喉頭蓋谷で食塊形成が行われる(Stage II transport)。

顔面神経麻痺などの口唇の麻痺で口唇の閉鎖障害はおこるが、脳血管障害などによる中枢性麻痺の場合は協調運動が悪く、取り込み時は口唇を閉じることができても、咀嚼時にこぼれ出てしまう。
さらにストローでの液体摂取の場合はストローと口唇との間に隙間を作らないようにしなければならない上、陰圧に耐える必要がある。

通常、口腔粘膜や舌の表面、咀嚼筋など咀嚼に関する器官に分布する感覚神経が働いて、咀嚼中の食塊の状態などの情報を脳に送り、咀嚼動作や舌の細かな動きを調節している。
これが困難な場合、例えば固形物に対する「すりつぶし咀嚼」やゼリーやペースト状のものに対する「押しつぶし咀嚼」などの判断に支障をきたし、食塊形成に影響が出る。

咀嚼運動、食塊形成がうまくできないと、口の中でバラバラに広がってしまい、うまく次の「送り込み」につなげることができない。
また、嚥下時には食物を丸のみすることになる。

さらに咀嚼・食塊形成中は味覚を感じる時であるためこれができないと食べ物の味を感じることも障害される。
このような食塊形成の障害は舌の機能障害が強い疾患、例えば仮性球麻痺筋萎縮性側索硬化症舌腫瘍の術後などに特徴的にみられる。

 

口腔期

口腔期において食塊は舌の運動によって口の中を口唇側から奥舌(口腔内で舌の後半を奥舌と呼ぶこととする)へと移動する。
水分固形物ではそれぞれ咽頭への送り込みのタイミングが異なる

食塊を送り込む際には、舌尖は上顎切歯の口蓋側または硬口蓋前方に押しつけられ、舌背は臼歯部と口蓋粘膜に向け側縁部を挙上させることでスプーン状のくぼみがつくられる。
舌運動の機能が低下するとこれらの動きが困難となり食塊をスムーズに送り込むことができなくなる。
また、これら「送り込み」には舌だけでなく口唇や頬の筋も関わっており、これらの動きが障害されても咽頭への絞り出し(蠕動様運動)に困難をきたす。

このような場合、上を向いたり仰向けに寝るなど重力を利用したり、食べ物を直接奥舌に入れる必要が生じてくる。

通常水を口腔内に留めて一気に飲み込むような場合、水が咽頭に流れ込まないように口腔と咽頭腔の間が舌と口蓋で閉鎖される。
舌や口蓋に障害があるとこの閉鎖ができず、嚥下反射が起こる前に水分が気道に流入してしまい、嚥下前誤嚥がみられる。
ただし、固形物の場合はプロセスモデルの中で定義されているように(Stage II transport)、普通に食事をしている際には正常者でも食塊の一部は咀嚼中に咽頭まで送り込まれている。
これらのような口腔期の障害は、舌や軟口蓋の機能障害を来す疾患(仮性球麻痺など)に認めやすい。

食塊が咽頭に送りこまれると喉頭が挙上して嚥下反射が起こり食塊は一瞬で咽頭を通過する。
咽頭通過は通常0.5秒以内でほんの一瞬のうちに終わってしまうが、生命の危険につながる誤嚥が起こる場所で、非常に重要なところである。 

食塊が咽頭に入ると、舌根が咽頭後壁にさらに押しつけられ、咽頭内圧が高まり、咽頭後壁にも蠕動運動が生じて食塊を食道に送る原動力となる。
同時に食道入口部の上食道括約筋(輪状咽頭筋)が弛緩して一気に食塊が食道に送り込まれる。
食塊が咽頭を通過する際には一瞬呼吸が停止し、鼻腔と気管へつながる通路を閉じて食塊が気道に入ったり(誤嚥)、鼻腔に逆流したりしないようにする。
これは嚥下性の無呼吸と呼ばれる。

 

軟口蓋や上咽頭収縮筋の器質的あるいは機能的障害

軟口蓋や上咽頭収縮筋の器質的あるいは機能的障害により、鼻咽腔閉鎖が困難な場合には高まった咽頭内圧が鼻腔へ食べ物を押し出してしまい、食道に送り込めない。

舌や口蓋の器質的あるいは機能的障害

舌や口蓋の器質的あるいは機能的障害により口腔と咽頭腔を閉鎖できない場合には口腔への逆流がみられる。

球麻痺症状

嚥下反射の惹起困難や食道入口部の開大不全は球麻痺症状として臨床上確認される。
また、輪状咽頭部(食道入口部)が特に開かない状態を輪状咽頭嚥下障害と呼び、延髄障害(球麻痺)のほか筋疾患(多発性筋炎など)でみることがある。

咽頭収縮筋による蠕動様運動が十分でない場合、喉頭蓋谷や梨状窩への食塊の残留がみられる。
また、喉頭蓋による喉頭の閉鎖が十分でない、あるいはタイミングが合わない場合には喉頭侵入や誤嚥がみられる。

さらに、誤嚥防止機能として声門や声門前庭が閉じる際には少しだけ空気が咽頭へ押し出されて(声門下圧が高い)入りかかった食べ物を押し戻している。
この閉鎖のタイミングがずれたり、閉鎖が不十分な場合には食塊が気管に入り誤嚥へとつながる。
このような偽性球麻痺による筋力低下や嚥下反射の遅延などでみられることが多い。

 

食道入口部(第1狭窄部)を通過して食塊が食道に送り込まれると、上食道括約筋は逆流しないようにぴったりと閉鎖する。
続いて蠕動運動がおこり胃へ運ばれる。
食塊の移送には重力と腹腔内圧も関与している。
食道は途中で大動脈、気管支と交差するために生理的狭窄部(第2狭窄部)が存在する。
さらに食道下部には下食道括約筋(第3狭窄部)があり、胃食道逆流を防止している。

 

 

上食道括約筋の閉鎖不全

上食道括約筋の閉鎖不全により逆流性の誤嚥が起こると、誤嚥性肺炎を起こすことが少なくない。
これは高齢者で肺炎を繰り返す場合の機序として重要である。
食後2時間程度、起座位をとることでこの逆流をかなり予防できる。

 

脳血管障害、神経筋疾患、食道疾患、加齢

脳血管障害、神経筋疾患、食道疾患、加齢などで食道の蠕動障害がおこる。
また抗コリン薬などの薬剤は食道の運動低下を起こす。
さらに、刺激の強い薬剤が局所に停滞して潰瘍を起こすことがある。

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