てんかん(腫痛:epilepsy)とは
世界保健機構(WHO)による定義は,
「種々の成因によってもたらされる’慢性の脳疾患であって,
大脳 のニューロンの過剰な発射から由来する反復性の発作 (てんかん発作)を主徴とし,
それによって変異に富 んだ臨床ならびに検査所見の表出が伴う」とされている.
つまり,何らかの原因で脳細胞から過放電がおこり
四肢の筋肉の異常な収縮とけいれんを主徴候とする中枢神経系の障害であり,
発作が反復して引き起こされ高頻度で意識消失を伴うI慢性の脳疾患である.
てんかんの半数は原因が不明であるが,近年は遺伝的なかかわりも研究されている.
障害者歯科受診患者 はてんかんの合併が多く,
障害の程度が重くなれば,てんかんの合併率も高まり,難治性てんかんが多くなる.
しかし現在では,てんかんは正しい診断と薬の服用や 手術による治療によって,
コントロールできるようになっている.
また,原因・種類によっては外科治療‘ 食事療法,迷走神経刺激療法(VNS)などが有効な ことがある.
発生頻度
全人口の約0.5~0.7%であり,性差,人種差. 地域差はみられない.
日本には約100万人の患者がいると推計されている対象者には精神障害者保健福祉手帳が交付される .
好発年齢
てんかんはどの年齢でも出現する.
特に小児期から思春期に多いとされているが(80%は20歳までに 発現),
なかには20歳以降に発症する遅発性てんかん,
脳血管障害などが原因で中高年に発症する高齢発 症てんかんもある.
障害者歯科受診患者は,有病率が高く,知的能力障 害や脳性麻底患者では約1/3の有病率である.
てんかん発作の分類
発作の症状から国際分類(国際てんかん連盟: 1981)では大きく部分発作と全般発作に分類される.
部分発作
発作の始まりが大脳半球の限局から起こったものをいう.
1)単純部分発作
意識があるのが特徴である.手足がけいれんし,まぶたや頬をピクピクさせる,口をもぐもぐさせる,
手を払いのけるなどの動作が代表的である.
2)複雑部分発作
意識がはっきりしないのが特徴である.
その状態でふらふら歩いたりすることもあるが, 自分ではその場面を記憶していない.
3)二次性全般化発作
部分発作から全身性けいれんまで進展したものをいう.
注意すべき発作
①群発発作
数日にわたって発作を多数繰り返す.
②重積発作
5~10分程度発作が持続するか,2回以上の 発作が起こりその間に意識が完全に回復しない場合.
てんかん発作は必要以上に多くの脳のエネル ギーを消費する.
長時間けいれんが持続すると神 経細胞の過興奮,脳虚血,脳浮腫などの脳障害をきたし,
神経学的後遺症を残 し死に至ることがある.
全般発作
発作の始まりが大脳半球全体から起こったものをいう.
1)欠神発作
けいれんはなく,意識だけを失った状態.
失神のように倒れてしまうのではなく,立ったまま の姿勢を保つことが多い.
2)ミオクロニー発作
全身や手足を一瞬,ピクッとさ せるなどの動作が見られる.
しかしこの動作は連続しない.
3)強直間代発作
大発作.急に全身がけいれんして意識を失う.
全身がつっぱる(強直)発作の後にカクカクする塗縮(間代)発作が生じ,昏睡期を経て回 復期に至る.
1回の発作は,発生から回復まで5~15分間程である.
難治性てんかん
てんかんの多くは抗てんかん薬の服用により発作が コントロールされるが,
約15%はコントロールが難しく難治性てんかんといわれる.
点頭てんかん(West症候群)
「点頭」とはうなずくという意味で,前方に頭部をカクンと倒し,
同時に両手を頭の上に伸ばす格好をして何度も繰り返すことである.
てんかんという症候に認識されず予後が良好なケー スもあるが.
70~80%のケースで再発がみられLennox – Gastaut症候群などの
難治性てんかんに移行することも多いこの場合, 80~90%に知的 精神機能や運動機能の遅れが見られる.
Lennox – Gastaut症候群
身体を支えている筋肉の緊張が急になくなり,床に崩れるような動作が見られる.
このときは一瞬脱力す るだけなので‘すぐに立ち上がることができるが,
転倒した際に顔面部を受傷することがある.
発症は学童期に多く,脳炎の後遺症として発症する こともある.
小児の難治性てんかんで最も頻度が高い.
てんかんと合併疾患・障害
他疾患・障害との合併については,
知的能力障害者 における合併では15%~30%.脳性麻痘者における合併では20%~50%.
重度心身障害児における 合併では30%~60%との報告がある.
また,てんかんは発作に伴ってさまざまな問題がある.
思考力,認知力および記憶力などの影響の他,
発作による転倒,呼吸障害や摂食障害さらに,抗てんか ん薬の副作用によるものとして入眠傾向や流延などがある.
抗てんかん薬
てんかん発作に対しては,様々な抗てんかん薬を用いて治療が行われている.
障害のある人が服用している抗てんかん薬では,
頻度の高い順にカルバマゼピン(テグレトール8),
バ ルプロ酸ナトリウム(デパケン),
フェニトイン(アレビアチン,ヒダントール8),
クロナゼパム(リポ トリール,ランドセン),
フェノバルビタール(フェノバール.)になっている.
抗てんかん薬を服用している患者の歯科治療前には必ず医療面接を行い,
服用薬の副作用を考慮した治療 計画が必要である.
治療における注意点ととその対処法
医療面接
1発作の有無,発作の開始時期の確認
最近発作がみられない場合は,最終発作の時期や周 期の把握.
2発作の頻度,間隔,発作の見られる時間帯(早朝,起床後,就寝前など)の確認
3誘因について
物理的刺激(気温の変化,光,癌痛),飲酒,身体的 心理的ストレス,他者の発作を見て誘発,月経周期に 関連したホルモンの変動,薬剤などがある.歯科診療 にあたってこのような誘因をできるだけ除去するのが
重要と考えられる.
4発作の症状について
発作の大きさ,持続時間
5発作時の様子
意識の有無,呼吸の状態
6平時の発作時の対応方法 そのまま様子を見る,座薬を投与する,など.
7服用薬について
薬の名前,投与量,服用間隔薬の内容や量の変更
など.
医科への対診
服薬内容や全身状態,不明な点については今後の歯
科治療の計画を提示して,担当医に照会する必要があ る.
除痛や刺激の排除
過度の緊張や号泣,不意の痛みや音,閃光,ユニットライトの点灯も
てんかん発作を誘発する場合があ る.
局所麻酔注射やタービン使用など刺激のある処置前には事前説明を丁寧に行い,確実な除痛が必要である.
付き添い者の対応
付き添いの家族,保護者や介助者にはなるべく陪席
してもらう.体調の確認,服薬状況など患者本人以外 からも情報収集を行う.また,てんかん発作が起こっ た際には,発作の症状確認や対応の指示,協力をお願 いする.
抗てんかん薬による歯肉増殖症
抗てんかん薬の一般的な副作用には,眠気やふらつき.発疹,肝障害,食欲不振などがある.
歯科領域ではフエ ニトインによる薬物性歯肉増殖症が広く知られているが
バルプロ酸ナトリウム,カルバマゼピン,フエノバルビタールなど,
他の抗てんかん薬においても歯肉増殖が認められることがある.
歯肉増殖症の原因としてプラークは増悪因子として働くため,
歯肉増殖症の治療ではプラークコントロールを主体とした徹底した炎症の除去を行う.
歯肉切除術などの外科的処置はスケーリングやSRPの予後をみて必要性の 判断をする.
発作時の対応
(1)周囲の協力を求める
発作が起こった際に,何をすべきか戸惑ってしまうこともある.
さまざまな対応を的確に行うためにまず周囲の協力を求める.
(2)治療の中止
歯科治療中の発作であれば,現在使っている器具,
器材を口腔内から取り除く(ラバーダムや留置してあ るロールワッテなどの除去).
(3)発作の症状の確認
普段と同じ症状であれば経過観察する.付き添い者に確認する.普段と違うようであれば,
生体情報モニター等でバイタルサインを確認して経過観察し,救急搬送依頼も 考慮する.
その際,スタッフまたは協力者のうち一人 に記録をとるよう指示する(時間経過,状態,対応など.)
(4)時間の確認
一般に発作は30秒から1分程度である.それ以上続く場合は,
次の対応に移る準備をする.発作の開 始時間を必ず記録する.
(5)安静
身体はなるべく動かさないようにする.ユニット上であれば水平位をとり,転落に注意する.
(6)呼吸の確保
呼吸がしやすいように顎をやや挙上させる.
また, 嘔吐した際に気道を閉塞しないよう顔をやや横に向かせる.
(7)救急搬送のタイミング
発作が継続する場合には,専門医療機関に搬送の必要がある.
ただし,救急搬送の依頼をしてから救急隊の到着,病院搬送までの時間を考慮すれば,
発作が5分以上継続して見られる場合には速やかに救急要請をすべきであると思われる.
抗てんかん薬と歯科治療薬剤との相互作用
以下のような相互作用がある
1抗てんかん薬カルバマゼピンとマクロライド系抗生物質:作用が増強されることがあり,「併用注意」の取り扱い
運動失調,意識レベルの低下等
・カルバマゼピン:テグレトールなど
・マクロライド系抗生物質:エリスロシン、ジョサマイシン,クラリス、ルリッドなと
2抗てんかん薬バルプロ酸ナトリウムとサリチル酸系解熱鎮痛消炎剤:
作用が増強されることがあり,「併用注意」 の取り扱い.
意識障害,けいれん,呼吸抑制等
・バルプロ酸ナトリウム:デパケン,デパケンR,セレニカR,ハイセレニン,バレリンなど
・サリチル酸系解熱鎮痛消炎剤:アスピリンなど
「発作時に口の中に何かを入れることはしてもよいか?」
てんかん発作が見られた時に□の中に何かを入れることが舌を鮫まないために必要であると思われている.
発作時に口の中に指やその他何かを入れることは歯や粘膜,指を受傷するので.非常に危険である.
棒などを入れ たときに途中で破損し口腔内に残留し,残留物が気道閉塞を引き起こすこともある.
発作時に□の中に何かを入 れることは決して行ってはならない.
身体を揺する,抱きしめる,叩く,大声をかけるなども行わないようにする.
このようなことをしても意識は戻ることはなくかえって刺激となり発作が長引くことがある,
また体を押さえつけ るなどすると無意識のまま強く抵抗する こともある.
発作後の意識がはっきりしない回復期に水や薬を飲ませるこ ともしてはならない.
窒息や嘔吐吐の原因となる.