自閉症スペクトラム症とは(Autism Spectrum Desorder)
1943年に米国の精神科医Kanne「が早期幼児自閉症(early infantile autism)を発表し,
時を経て 1996年に英国の小児精神科医L.Wingが,自閉症 スペクトラムという新しい概念を唱えた.
スペクトラ ムとは,さまざまな症状や障害が連続性を持ち,明瞭な区別が出来ないという意味である.
その後2013 年5月. DSM-IVがDSM-5に改定され,「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」となった.
DSM-5による自閉スペクトラム症の特徴は,
1コミュニケーション障害,2反復的な行動が,日々の活動を制限または障害する,
とされ,幼児期の早期から認められる .
原因
以前は療育環境など発達過程での問題が原因であるとしていたが,
現在は,生まれつきの中枢神経系機能障害とされている.
1大脳皮質,特に前頭葉系の回路に障害がある
2大脳辺縁系と小脳の回路に障害がある
また,遺伝要因として自閉スペクトラム症の約 15%が遺伝子変異と関連し,
環境要因としては両親の高年齢・低出生体重・バルプロ酸の胎児曝露などが,
関与している可能性があるとされている.
発生頻度
自閉スペクトラム症と疾患の概念が広範囲になったことで,
診断が統合されておらず,
発生頻度は100人 に1人の割合で,増加傾向ともいわれている.
人種・ 国籍・生活様式に関係はなく,性差は3~4:1で 男性に多い.
自閉スペクトラム症の診断基準
A・複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥があり,
現時点または病歴によって,以下により明らかになる.
(1)相互の対人的一情緒的関係の欠落
(2)対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥
(3)人間関係を発展させ,維持し、それを理解することの欠陥
B.行動.興味,または活動の限定された反復的な様式で.現在または病歴によって,以下の少なくとも2つにより明らかになる.
(1)常同的または反復的な身体の運動,物の使用,または会話
(2)同一性への固執習慣への頑ななこだわり,または言語的,非言語的な儀式的行動様式
(3)強度または対象において異常なほど,きわめて限定され執着する興味
(4)感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ,または環境の感覚的側面に対する並外れた興味
c.症状は発達早期に存在していなければならない.
D.その症状は,社会的,職業的,または他の重要な領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害を引き起こしている.
E.これらの障害は,知的能力障害(知的発達症)または全般的発達遅延ではうまく説明されない.
知的能力障害と自閉スペクトラム症はしばしば同時に起こり,
自閉スペクトラム症と知的能力障害の併存の診断を下すためには,
社会的コミュニケーション が全般的な発達の水準から期待されるものより下回っていなければならない.
分類
DSM-IV-TRでは広汎性発達障害として,
自閉性障 害・Rett障害・小児期崩壊性障害・アスペルガー障害・ 特定不能の広汎性発達障害が含まれていた.
DSM-5においては,幼少・小児初期の女児に発症 する神経学的疾患「Rett障害」は原因遺伝子が特定されたために除外され,
その他の早期幼児自閉症,小 児自閉症, Kanne「型自閉症,高機能自閉症,非定型 自閉症,特定不能の広汎性発達障害,小児期崩壊性障 害,アスペルガー障害すべてを包括し,自閉スペクトラム症とされた.
特徴・合併症
自閉症状の重症度,発達段階,暦年齢により大きく 変化する自閉スペクトラム症の表れ方は人によって 様々である.
(1)言語発達の遅れ
自閉スペクトラム症として最初の症状は,
言語発達の遅れであることが多い少しずつ発達はするがニ ミュニケーション手段としてはうまく使用できず,
反 響言語(オウム返し)や独り言,
声に抑揚がなく感情 が伝わらないような話し方をする.
(2)人との関わり方
視線を合わせず,まわりの世界に無関心のように見え,興味や感情を他人と共有することが苦手である.
(3)感覚過敏と感覚鈍麻
言葉や音に反応しないため,聴覚障害を疑うくらい鈍感に見えることがある.
一方で掃除機の音やバイク の音,赤ちゃんの泣き声などを嫌がったり,同じ痛み でも鈍感さや過敏さが極端で一貫性がない
(4)知的機能の偏った発達
描画・音楽・計算・記憶力など,全体の能力と比べると不均衡に突出した能力をもっていることがある.
特に視覚から得る情報が優位とされる.
ただし,大多数の自閉スペクトラム症の人たちは知的能力障害を伴っており,
平均かそれ以上の能力のある人は2割 程度にすぎない.
(5)限られた活動と興味の範囲
手をひらひらさせたり,身体をくねらせたり,
くるくる回ったり,
前後に身体を揺らすなど同じ動作(常同行動)を繰り返すことがある.
また,同じ道順,同 じ日課などのこだわり(固執)を持つことがあり,この順序が少しでも変更されると大変な苦痛を感じる.
(6)特異的な行動
ある刺激や条件下などにより精神的に不安定になると,
多動・自傷・他害・奇声といった特異的行動がみられることがある.
医療面接時に特異的行動の有無, 好発時期,場面,発生時の対処法などの情報収集をしておく .
口腔内の特徴
基本的に自閉症スペクトラム症に特有の,歯の構造・形態異常や歯列不正のような口腔所見はない.
しかし,個人差はあるが,以下のような口腔内症状が現れることがある.
1)異食や口腔習癖による磨耗・破折・軟組織の腫れなどの異常
2)自傷行為による裂傷や歯肉退縮,歯の動揺や自己抜歯
3)特定された行動パターンによるこだわりや偏食による多数歯う蝕
4)情緒不安定による不規則な食習慣や,口腔衛生 管理困難による歯肉炎および歯周病
診療における注意とその対処法
(1)コミュニケーションの確立
1情報収集
初診時の医療面接や毎回の診療前に必要な情報を得ることで,不用意なストレスを与えず特異的行動を回避する.
また,初診診療後やそれ以降の診療において得られた情報は,
スタッフ間での情報共有のため,特記事項として申し送りを行うことも重要である
aコミュニケーション能力(発達段階)
b.興味のあるものやこだわりの対象
c.自傷行為やパニックの誘因となるもの
患者の家庭環境・家族や学校での対応方法などを把握し,日常的な言葉かけからはじめる.
2行動観察
患者や介助者を正しく理解したうえで関わりを築く ため,なぜそのような行動をとるのかを注意深く観察していく.
a待合室での様子
b診療室への入室からユニットに座るまでの様子
c・治療中・治療後の様子
たとえ特異的行動や不適応行動などが出現しても,
罰を課したり大きな声で叱責したりせず,
愛情をもっ てやさしく接する(TLC : tender loving care).
(2)環境の整備(TEACCHプログラム)
自閉スペクトラム症の支援方法としてTEACCH -y ログラム(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children)がある.
これは,アメリカのノースカロ ライナ大学で始められたプログラムで‘社会への適応能力を向上させ,
各地域において自立した生活を営めるようにすることを目的としている.
状況や情報の認 知が困難である自閉スペクトラム症に対して,多くの 刺激を整理し,構造化(structured)すると環境 が整えられ各場面での能力向上につながっていく.
これを歯科診療に応用し,治療場面のスケジュール を視覚的に掲示することで診療がスムーズに進められ ることもある.
(3)トレーニング
1感覚過敏への対応として,以下のような配慮をする
a子どもの泣き声が苦手な患者では,個室での診療を行う.
b.診療室内に患者が固執するものがあれば,あらかじめ片付けておく.
c.必要以上の視覚刺激を遮断するためにカーテンを引く.
2日常生活で見慣れている歯ブラシで導入し,次に診療器具のミラー・エアーシリンジ・バキューム・コ ントラ・タービンの順に,刺激の小さいものから|||目 にTell-Show-Do (TSD)法を用いて進めていく.
3繰り返し同じ順序で診療を進めていくことでパター ン化する.
4時間の概念がなく先の見通しが立ちにくい患者の場合は,
カウント法を用いることで我慢の目安をつくる.
トレーニングを繰り返し,通法下や軽度の体動の コントロールで治療が行えるようになることもある.
しかし,複数回トレーニングしても治療が行えない場合は,
体動のコントロール下または薬物的行動調整下での治療が必要になることもある.
それには,治療計画・内容や患者の発達段階・療育環境な ど,
様々な要因を考慮したうえで進めていくことが 重要である.
(4)治療における注意点とその対処
1局所麻酔,タービンなどの切削器具,探針などの尖った器具,バキュームなど視覚・聴覚的に刺激の大き な器具を使用する際,頭部の振り・手の挙上・体動・ 離席など突発的行動を起こすことがある.
そのよう な突発的行動の際は,危険な器具をすぐに遠ざけら れるよう常に意識しておく.
2修復物や仮封材などに対し違和感があると自分で除 去してしまうことがあるので,次回の予約までの間 隔を短くし,治療後は患者の注意を他にそらすなど 工夫する.
3局所麻酔後は岐傷(特に下口唇)が多いので注意する作用時間の短い局所麻酔薬
物理的構造化
生活や学習の場で,物の配置 を場所や場面の意味を視覚的 にわかりやすくする .
カーテンやパーテーション など落ち着ける環境を整え る 足形などで靴を脱ぐ場所を示す.
スケジュールの構造化
先の見通しをつけるため.予 定しているスケジュールを図 や表にして示回
診療前や診療中に治療や口腔 清掃の手順を視覚素材で示す
ワークシステム
作業の内容・量・時間とその 終わり,その後何をするのか 具体的に示す
何をどのくらい行って,終 わったら何をするのかを示す
構造化
皿障害のある人に歯科処置を行うための基本的な知識
ト8)を使用したり,岐傷防止のためにテープを貼る方法もある.
4治療中・後に,パニックや自傷が出た時は,歯磨きをしながら気持ちを落ち着かせる.
また,特異的行動として他害が出てしまった場合は,ターゲットか ら引き離して落ち着かせるよう声かけをしながら,
歯磨きをする.
5歯科治療は誰にとっても不安や緊張でストレスが大きい.
治療後のご褒美として飲食することがパター ン化していると,治療内容によって処置後の飲食を 制限される状況が理解できず,
特異的行動を起こす 誘因になる可能1性がある.
そのため,治療中に言葉 かけで褒めることで達成感を与えストレスにならな いように心掛ける.
また,特異的行動を回避するた めにも,あらかじめ事前説明を行っておくことも重 要である.
さらに患者の好む行為で(窓から景色を眺めたり, 本を見る‘遊具で遊ぶなど)十分にリラックスしてか ら帰宅させることで,
次回への診療につなげていく.
シングルフォーカスとは?
自閉スペクトラム症の人が示す関心・意識・認識の視野の狭さと,それに対する照度の大きさも特異的である.
例えば,歯ブラシを見てもはじめから全体を見るのではなく、
まずブラシ部分だけに視線が注がれ,次に棒が付していることを知り,その後で両者がつながっていることを確認する.
それからしばらくして,それが歯を磨くため の歯ブラシであることがわかる.このような特性は同時総合機能の障害といわれている.